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Selfishly

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二人の関係 2

version 准将Rと青年Eの物語 P2 ~二人の関係~


「その記述、ちょっとおかしいよな。もう1回調べて算出し直してみてくれ」
 エドワードは提出されたレポートを読みながら、気になった点を伝えてみる。
「おかしいですか?」
 信用できる研究先で出してもらった統計なのにと首を傾げる相手に、
 エドワードはざっと記憶している数値をメモに書き出してやる。
「この鉱物の前回の硬度測定の数値がこれだ。なのにいきなり次の段階に入って低下するのは、不自然だろ?」
「ああ、成る程!」
「計測ミスか、・・・もしかしたら石自体間違っている可能性だってある。
 2段階目で上がる数値は―――多分、これ位の幅で出てくるはずなんだ。
 でないと、この研究に使えないって事になる」
「判りました。直ぐにその時使用した物を回収して来ます」
「ああ、悪いけど頼むな。俺の予測ミスなら、また一から始めなくちゃ行けなくなるしさ」
「チーフに関して、そんな事は絶対に無いですよ~。きっと何かの手違いだと思いますから」
「そうなことを願うけどな」
 エドワードが笑みを浮かべてそう告げると、この部署で一番歳若いラスは大きく頷いて、
 出かける準備を整えて部屋を走り出す勢いで駆けて行った。
 その彼の様子を見ていた仲間達から小さな笑い声が上がる。
「ラス坊はエドの信望者だからなぁ」
「信望者と云うよりは信徒の域よ」
「言えてる。エルリック教ってのを創れば、ここで研究しているより儲かるんじゃないですか」
 囃し立てる仲間達に、「馬~鹿」と返して舌を出す。
 彼はまだ若いだけなのだ。・・・と言っても、エドワードと変わらない歳くらいだが。
 誰にだって、自分の先を行く者に憧れの気持ちを抱く時期はある。
 現実に触れるに従って、冷めていく事も有れば変わらぬ親愛に変える者もいる。

 さて・・・自分はどちらの方なのだろうか。
 頭に浮かんだ一人の人物を想い描きながら、思わずくすりと笑いを零す。
 もう数年もすれば、最初に会った時の彼の年齢になる。
 あの頃は、遥かに年上の大人としてエドワードの中で印象が植え付けられたが、――― 近づいてみれば判る。
 まだまだこの歳くらいでは、本当の意味での大人などには成れないのだと云うことを。

 丁度そんなことを考えていた時に、自分の机の電話がなったので取り上げてみれば。
「ぷっ・・・」思わず噴出して笑ってしまう。
「何だ、あんたか」
 笑ながらの応答に、相手側がむっとしたような気配を伝えてくるが、今更その程度では全く気にならない。
『・・・・・ 酷い言われようだな。しかもいきなり笑い出されれば、私の立場はどうしたら良いのかね』
「立場は決まってんだろ。あんたはお偉い准将閣下なんだからさ。
 あっ、もしかしてもう上がったのか?」
 一応、軍とも繋がりが深いんで、相手の事も気にしてはいるのだが、内示等では判らないこともある。
『―――――― いや、まだだ』
 妙な間が空いての返答に、エドワードは思わず首を傾げる。
「? そっ・・・。で、どうしたんだよ、今回は」
 そう聞き返すのも、こうやってロイが仕事場に電話してくる時の用件が同じようなものばかりだからだ。
『・・・・・ 君に、少々―――頼みたい事があってね』
 歯切れの悪いロイの様子に、益々エドワードの怪訝な思いが増えてくる。
「えっーと、出来る事は直ぐに掛かるけど・・・用件に余っては時間が要るぜ?」
 偶に頼まれて分析やら解析を引き受けるのだが、今は抱えている研究も多いから、
 難しすぎて時間が要るものは直ぐにかかれないだろう。
『いや、多分時間は然程掛からないと思うが・・・。
 どうかな、今夜辺りに時間を取れないか?』
「今夜?」
 それはまたいきなりだ。しかもほんの数日前にも会ったばかりだと云うのに。
『出来るだけ早い方が良いんだが。君の予定になるべく合わせるんで』
 そうは言ってもロイも忙しい人間だ。責務の多さではエドワードなど比にもならない。
 そのロイがそう言ってくるのだから、これは余程の用件なのだろう。
「良いけど・・・驕りだろうな?」
 ちゃっかりとそう告げておく。
『ああ、勿論だとも。今日はどんな豪勢な料理でも一流のレストランでも連れて行こう』
「あんなぁ・・・。そんなとこに行ったら、俺の方が落ち着かないだろうが。
 ・・・えっーと、肉、肉が食べたい」
『肉・・・、じゃあステーキハウスが良いか』
「んー。それも悪くないけど・・・。ほら最近広場の横道の一角に集まっている店が有るだろ?」
『広場の――― 確か、東国からの移住者が多いとこだな』
「そうそう。そこに焼肉屋ってのが出来てさ。どんな部位でも食べさせてくれるらしいぜ」
『――― 悪食みたいに聞こえるが・・・』
「そんなことないって。そうだったとしても、味は保障できる。食べに行った奴が上手そうに話してたからさ」
 エドワードは結構何でも口にするのを躊躇わない。修行と旅時代のおかげで、
 地方独特の料理の上手さを経験しているからだ。
 ロイは軍隊時代に、胃に収まれば食べ物と云う経験が長すぎて、スタンダードが1番だと思っているようだった。
『――― まぁ、君が行きたい所にすればいいんで』
「んじゃ、そこで決定な。時間はどうする?」
 定時上がりなど夢の中での出来事のような軍勤めだ。合わせるのは大抵は時間の自由が利くエドワードの方だ。
『今日は定時に上がれそうなんで、6時30分に広場で良いか?』
「・・・俺は良いけど。―― 大丈夫なのかよ、そんなに早くて」
 エドワードの疑問も尤もだ。大抵は深夜近くの時間が、待ち合わせの時間に指定される事が多かったのだから。
『――― 今回に限っては大丈夫だ。副官の許しも出ている・・・』
 最後の言葉は言いたくなさそうに聞こえたのが笑える。
「じゃ、大丈夫だな」
 副官の名前が出た途端あっさりと引くエドワードに、ロイはどうやら返事も返せないようだった。
 眉毛を下げて情けない顔をしているだろう相手を想像して、エドワードは笑いを噛み殺しながら受話器を置いた。

 電話を終えると、リズが笑いながら話掛けてくる。
「エドって、本当にマスタング閣下と仲が良いのね」
「仲が良い・・・。まぁ、悪くはないけど―― 普通位じゃねえ?」
 そのエドワードの言葉に、リズは微笑みながら首を横に振る。
「歳だって随分違うし、相手は軍の高官でしょ? 
 いくら付き合いが長くなっていると云っても、それなりに敷居は高い相手だと思うんだけどな」
 リズの言葉に、確かにそうかと思わせられる事も多い。が、少年期から今同様のやりとりをして来たのだ、
 分別がつく歳になったからと改めるのも・・・何やら、そちらの方が気恥ずかしい気がして。
「腐れ縁だって。結構、無理やりな頼みごともしてくるから、俺も横柄に扱っちまってるとこはあると思うけど」
「それが出来るって処が、仲が良い証拠よ」
 再度、念を押された言葉に、「そうかなぁ・・・」と疑いを含む心境で返すのだった。



「美味いっ!」
 もうもうと煙が上がる店内で、エドワードは焼きたての肉を嬉しそうに頬張っている。
「ああ、これはなかなかだ」
 最初は店内に足を踏み入れるのも胡乱そうだったロイも、美味しそうな匂いに釣られるようにした一口目で、
 すっかりと疑念は捨てたようだった。
「またこのタレが旨いんだよなぁ」
 熱々の肉を浸すタレは直伝と店員が片言の言葉で説明してくれた。
 何種類かあるタレを試しつつ、二人は旺盛な食欲を見せている。

 ある程度腹に収めて空腹をやり過ごすと、ふと周囲の様子にも目が向かうようになってくる。
 そこには異国文化の融合のような情景が見られ、思わず嬉しげに目を細めて眺めてしまう。
 国交を結んだシン国からは、年々移住者も増えて来ているし、逆にシン国へと旅立つ者も増えた。
 そして―――、特徴的な紅い瞳を持つ民族も、今は一緒に暮らしている。
 これはロイの推し進めているイシュバール復興が効を奏している証拠だろう。
 まだまだ根深い確執は消えてはいないが、次世代の幸せを掴み取ろうと歩み寄る者達が増えてきているのだ。
 エドワードとロイの少し先の席でも、イシュバールの女性とアメストリスの男性が
 親しげに言葉を交わしている光景が見える。
「・・・・・・ 良かったよな」
 まだまだ先は長いだろうが、こうして少しでも共有できる場所が増えてきたと云う事は、本当に心温まる事柄だ。
 エドワードの呟きから察したのか、ロイも控えめながら口元を綻ばして頷いて返してくる。
 ぐいっとジョッキから冷えたビールを喉に流し込むと、エドワードはどこぞの親父のようにぷはぁを息を吐き出しながら
 空近くなったジョッキを机に置いた。
「兄ちゃん、お替わりー」
 すっかり場に溶け込んでいるエドワードは、気安い呼びかけで追加を頼んでいる。
「オマタセ」
 片言の言葉でジョッキを置くと、食べ終わった分から皿を引いて戻っていく。
 その店員が去ったのを見届けた後、エドワードはロイに向き直って。
「で、どんな用件なんだよ、今度のは」
 なかなか切り出して来ないロイに痺れを切らして問い詰めてみる。
 普段は不必要なくらい饒舌な相手だから、これは相当言い出しにくい頼みごとなのだろう。
「用件か・・・・・伝えなくてはならないんだろうな」
「はっ? ――― その為に、今日会ってんだろ、俺たち」
 飲みに行くこと自体は、そこそこ出掛けている。
 どちらもしがない独り者だから、時間が合えば「行くか?」の声を掛けやすい者同士。
 話も錬金術同士だから、話題に事欠くことはない。と云うか、尽きないのだ。
 ついつい議論が白熱して、白々と夜が明ける頃に疲れた足を動かせて帰ることも有るのだから。

 エドワードがセントラルで定住するようになってからの二人の関係は、息の合う男友達という位置関係に落ち着いた。
 良い歳をして寂しいよなとからかえば、お互い様だろうと鼻で哂って返される。
 そんな昔のままの言葉の応酬も、結構楽しんで付き合っている。
 そこまで付き合いを続けている二人の仲で、ロイが話すのを渋るのは何か厄介な事件の調査か・・・。
 それとも、有り得ないだろうが、軍への招聘か。う~んと頭を捻っても、当然思いつきもしない。
「なぁ、ちゃっちゃと言っちゃえよ。どうせ言わなきゃならないのは変わんないんだろ? 
 なら、さっさと話して解決した方が気楽に飲めるだろ」
 うーん、うーむと唸って飲んだり食べたりしていたのでは、消化に悪い。食事は楽しく取るのが基本で大切な要素だ。
 エドワードにそう諭されて、ロイははぁーと息を吐くと「そうだな」と同意して話し出した。
「君の今回の研究成果を拝見したよ」
「へ・・・? あ、ああセンサーの件か。さすがに早いな」
 ロイがいきなり切り出した話に、エドワードは意表を突かれ、そして情報の速さに驚かされる。
 エドワードだって今朝の通達で知ったばかりだと云うのに。
「素晴らしい発明だと感心したよ。幅広い分野に精通しているからこその着眼点で、応用力だ」
 手放しのロイの賞賛に、酒以外の要因でうっすらと頬が染まる。
「なんか・・・あんたからそんなけ褒められると、背中がむずむずしてくるんだけど」
「酷いなぁ。・・・私はいつだって、君の発明の1番の評価者だろうが」
 そのロイの言葉は確かに本当のことだ。エドワードが数多く発明したり見つけ出したものを、ロイはいつも自身の事の様に評価し褒めてくれてはいる。それだけではなくて、
 問題点や改善点も添えてくれるのが何より有り難い評価なのだ。
「実用化の目処がついたと聞いているが、―― それはいつ頃から公募する気なんだい?」
 公募とは実用化するに当たって譲渡する相手先を選ぶことだ。
 実用化に難があったり、商品力としては価値が見出せないものなどには、売り込みに出かけることもあるが、
 エドワードの今までの研究成果は公募する前から、企業や研究室から注目の的だから、公募して相手を選ぶ事さえ出来る。
 そこら辺はエドワードは研究所に一括しているので、どういう基準化は判らないが。
 まぁ、多分支払いが多いとこだったりもするのだろう。
 エドワードの勤める際の公約に従って民間への払い下げは出来るだけ低料金にするのを守ってくれているようだった。
「・・・・・何? もしかしたら軍も、希望してたりするわけ?」
 基本、市井の為にと研究している内容が多いから、今まで軍がエドワードの研究成果に名乗りを上げたことは無かったのだが。
 そう云えばセキュリティー問題は、軍が1番深刻だよなと思いつく。
 個人の出入り程度ならまだしも、収容している犯罪者も多いのだ。
出入りに厳しくなるのは当然だろう。
「――― ご明察、恐れ入る」
 むっつりと正解だと告げてくるロイの不機嫌な様子が理解できない。
「それは光栄デス、と言っておくけど――― 何で、それであんたがそんなに気難しい顔して悩むわけ?」
 別に公募に参加を軍がしてはいけないという規定は無い。
 それともエドワードの研究を使うのが、嫌な理由でも有るのだろうか。
「悩むわけではないのだが・・・」
 どちらかと云うと途方に暮れていると言った方が正しい。エドワードの研究の公募の提示金額は、
 最初の契約金が五百万センズから位が相場らしい。民間にはその半分。利益からの還元も企業団体より低い設定だ。
 が、軍はれっきとした大手国営団体だから、エドワードの心根の良さに便乗しての半額扱いはしては貰えないだろう。
「まぁ何と説明すれば良いのか・・・。軍も色々と物入りが続いていてね」

 シン国との国交が開かれたゆえの国境への警備や治安の強化。国交が利益となって還元されるのは、
 まだまだ先だが後回しに出来る事でもない。
イシュバール政策では、多くの民間の企業やエドワード達が所属している研究所や学校関係からも支援を受けてはいるが、
 砂塵に化した地を元に戻そうと云うのだから、金は湯水のように必要だ。

 ロイも自分の給与から1部を政策に寄付しているのだが、それ如きでは今は何とかなっても先に続かない。
 復興すれば終わり。そんなに現実は甘くは無いのだ。復興して、その地でイシュバールの民が安心して生活する為には、
 発展させ収入源を確保してやら無くてはならないのだから。そこら辺も今後の重要な課題になっていくだろう。

 ロイのそんな話を興味深そうに聞いているエドワードも、思わず真摯な表情になっている。 賑やかな下町の食堂もどきの店で、目立つ男が互いに顔を向け合って真剣な表情を付き合せていると云うのも、かなり浮いてしまっている。
 
「う~ん・・・。そこら辺の課題も重要だけど―。支援の匙加減も難しいよな・・・・・」
 少し温くなったビールを一口飲みながら、エドワードはそんな事も察して零す。
「ああ・・・。余りイシュバール、イシュバールと掲げてばかりいると、――
じゃあ現在、他に支援が必要な者が国内でいないのか――と言い出す者達が出ないとも限らないからな」
 アメストリスの市民の中にだって、問題を抱えている土地や階層もまだまだ多い。領土全部が潤っている等夢のまた夢なのだ。
 そんな中に強行に復興だけを進める―――と云うのは、逆に反感を煽りかねない。
 エドワードが零した言葉も、そこの処まで考えを及ばせての事だろう。

「で、それと俺の研究とどんな関係が出てくるわけ?」
 ふと初めを思い出して尋ねてみれば、渋い表情でロイが顎を引いて押し黙る。そんな彼の反応を怪訝に思いながら。
「今回のはセキュリティー関係のもんだから・・・」
 軍が欲しがるのは判る。が、イシュバールに必要になるのはまだ後だろう。
 国交の方では重要に関係してはくるだろうがなどと徒然に考えてみる。

 そんなことを考えて、不思議そうにしているエドワードは頭は良いが察しが悪い。
 本人自身が関心が薄い事柄だからなのだろうが・・・・・。
 ロイは一つ嘆息を吐くと、自分の研究成果の価値に気づいていないエドワードの様子に、
 はっきりと言わないと伝わらないことを感じた。

「エドワード・・・。簡単に言えば、――― 契約金の金額の交渉をさせて欲しいんだ」
「契約金?」
 きょとんとした表情で自分を見返してくる相手に、これは本当に判ってなかったんだなと苦笑が浮かぶ。
「ああ。君の研究成果を使用させてもらうには、内容にもよるが相場が高い。
 勿論、それだけの価値があるものだから、研究所が提示してくる金額は、決して法外なものではないと判っているし、
 君の意向で民間には安く使用を許可されているのも判っている。

 君は今回の研究の使用許可の最低金額を知っているかい?」
 ロイに尋ねられ、エドワードは目を瞠る。
 契約関係に関しては研究所に一存しているから、後日報告を貰うことはあっても、わざわざ先に確認したりはした事が無い。
「え・・・っと、知らない、な」
 現研究所長にはDrマルコーが設立以来から就任している。
 一緒に闘ってきたなかで、彼の清廉な人柄を知っているエドワードは、全ての采配を任せているのだ。
 
 前回のは幾らくらいだったっけ。と記憶を探っているエドワードの様子に、ロイは思わず目元を綻ばして彼を見つめる。
 贅沢を好まないのは、彼が軍属時代の研究費の使い方でも判っている。
 法外な資金を個人の財産のように使う者や、固定資産に変えて私財にする者も多かった国家錬金術師の中で、着た切り雀で安宿を泊まり歩いていた兄弟二人の質素な旅暮らしには好感を抱いていたから。
 ――― が、将来的にはマネージメントする者がいるな・・・。

 エドワードの自身や自身の研究への無頓着さは、世間に跋扈する小賢しい者達の格好の餌食にもなりかねない。
 ひょんなことから、そんな者達の策略に乗せられる可能性だって無きにしも非ずだ。
 シンからアルフォンスが戻ってくれば、あのしっかり者の弟のことだからエドワードのことを放っておくような事はないだろうが。
 世渡りが下手なエドワードでは、この先が心配だ。彼は根っからの研究者だから、
 雑事に煩わされる事なく自分の没頭できることに専念させてやる方が良いだろう。
 そんな事を思いながら目の前のエドワードを見つめていれば、彼は記憶を探るのに飽きたのか、ロイにあっけらかんと笑って。
「・・・思い出せないな。幾ら位なんだ?」と訊ねてくる。
 小さな溜息を吐いて、ロイはエドワードに得ている情報を教えてやる。
「―― 前回のものは、技術加工に大掛かりな設備も必要で、早々には一般に利用可能なものではなかったから、
 国営や財団・協会関連のみが希望していたはずだ。
 その時の使用許可の契約金は、設備投資金を考慮して1案件の利用で500万センズ」
「ご、500万っ」
 自分の研究成果の癖に、エドワードは驚いた顔をする。
「別に法外な提示金額じゃない。逆に安い位だ。設備投資は1度行えば、同様のものが作れる様になる。
 だから1使用500万。大抵は複数の使用を行うから、一団体で2千万位は支払っているはずだ」
「にっ・・・せんまん・・・―――」
 ロイの教えた情報に茫然となっているエドワードに苦笑してみせる。
「軍も希望していたんだが、多岐に渡る利用になるんで予算がすぐには降りなくてね。その時は見送ったらしい」
 記憶媒体を嵩張り老朽化が心配される紙から金属板に変えるその研究は画期的な発明だが、
 作るのにも使うのにも専用の機器の設置も必要になってくる。
 そこまで予算を割って急ぐ案件では無いと判断されたのだ。改良型が出ればもう少し安値で購入できるだろうからと。
 が今回のものは出来れば早急に導入したいものなのだ。
 シンとの国交や貿易が盛んになればなるほど、人の出入りが多く激しくなる。密入国を完全に防ぐのは難しいが、
 最低の情報は取れるようにしておきたい。
 エドワードの今回の発明はセキュリティー全般に応用が利く。
 建物の出入りから、広くは個人の証明書の照合も開発しだいで可能だ。
 開発したものに関しては、契約外と見なされ開発元の自由が許されている。これもエドワードの希望らしいが。
 そこまで考えて、こんな時に思い浮かべたくも無い昼にあった人物の一人を思い出す。
 どれだけ素晴らしい可能性を秘めている発明を手にしたとして、彼らでは更なる開発は望めない。
 それがあの凡人の男に判っているのかどうか・・・。どうせまた泣きついてくるのだろう。
 その時の交渉人はまたロイに回ってくる。それは別段嫌ではないが、こうもエドワードに頼みごとが続けば、
 やや気が引けてくるものがある。

 ロイは他人事のように感心して、ポリポリと生野菜を齧っているエドワードを見つめる。
 麒麟児は成人すれば唯の人と世間では言われているが、本当の天才とは年齢などで能力が増減しない。
 彼はそれを具現化したケースだ。
 少年期の卓越した錬金術の能力は、青年期を迎えた今、生み出し続けてきた練成陣の代わりに
 発明に成長して多くの人々を支えている。練成陣にしろ、発明にしろ・・・どうやら生み出さずにはおれない脳を持っているのだろう。
 ――― 我々凡人では、彼の能力に頼る部分が多くなっても
       仕方が無いんだろうな・・・。

 そんな諦め、諦観にも似た感情を胸の内で浮かべながら、飲み干したジョッキを見つめ余り飲み進んでないロイに遠慮してか
 お替わりを頼むのを躊躇している様子の彼に変わって、ロイがスタッフに手振りで追加を頼んでやる。
「サンキュー」
 直ぐに来たジョッキを貰いながら、嬉しそうに礼を伝えてくる表情は昔から知っている幼いエドワードのままだ。
「気にせずに飲んでくれ」
 ロイも温くなり始めたビールを一口飲むと、先ほどの話を続けるために口を開く。
 拙い酒はさっさと切り上げる方が精神的にも良いと割り切って、直球で話す方法に切り返る。
「今回の発明の契約提示金は推測1000万センズからだ」
 そのロイの伝えた金額に、エドワードが眉を跳ね上げる。
「別に高すぎる金額じゃない。君の配慮のおかげで、その後の開発や販売が自由に許可されていることを思えば、
 安すぎる程だからな。
 が先ほども少し言った様に、軍には現在余分な予算を捻出する事が出来ない状態でね。
 ――― そこで君に頼みたいことがあると云うのが・・・。
 契約金をこちらの提示で許可して貰えないか・・・・・と云うお願いなんだ」
「・・・幾ら?」
 何の思惑も浮かべてない綺麗な貴石の瞳に見つめられて、思わずロイは言い出すのに躊躇いを感じてしまう。
 友人に無心するなど、余り気持ちよいものではないなと思いながらも、これは任務だと割り切って、
 言い出したがらない言葉を口にする。
「民間同様――と云いたいところなんだが、軍の機構上複数の利用になる。
 そこで、1利用・・・300万センズで頼めないだろうか」
 う~んと首を傾げるエドワードに、ロイは急いで言葉を続ける。
「勿論、そこからが交渉の最低金額だから、何とか私も上に掛け合って民間同様位までには上げるつもりだ」
 幾ら何でもこの金額で了承を得ることが出来ないのは判っている。軍もそこまで無茶な要求をしたりは出来ないはずだ。
 ロイの内心の葛藤を他所に、エドワードは顰めていた眉を戻すと。
「利用案件数は何件になる予定なんだ?」
「予定数は最低5件からと考えている」
「1500万センズ・・・か」
 金額を言われれば更に気落ちして憂鬱になる。
 こんな役目を言いつけた相手を恨めしく思えても仕方が無いだろう。
 溜息を吐きたい気持ちで、テーブルに視線を落とした瞬間に返された回答に思わず相手の顔を凝視してしまう。
「いいぜ。別にそれで」
 さらりと何事も無い表情でそう告げてくるエドワードの顔を、ロイは穴が空くほどまじまじと眺める。
「いい?」
 思わず重ねて確認するロイに、エドワードは極普通に頷いて返す。
「ああ、良いけど?」
「鋼の、君・・・――、ちゃんと考えての・・・」
 軍は民間のように売り出したりの商品化はしない。
 だから基本、契約金しか開発側には手に入らないから高値に設定されているのだ。
 民間は商品化してそれを販売ルートに乗せるので、契約金が安くても売り上げから長期収益があるのだから。
 そこも説明した方が良いのだろうかと、逡巡しているロイにエドワードはにんまり笑って、1つの条件を提示してくる。
「その代わりなんだけどさ。軍にも協力して欲しいことが有る」
「あ、ああ勿論、こちらで出来る事は相応の協力はするが・・・」
 そのロイの言葉に、エドワードは1つ頷いて。
「軍が多く保有している鉱山から出る岩石を安く提供してやって欲しいんだ」
「・・・岩石を」
 思わず答えるのに間が空いたのは仕方が無い。鉱山から採れる鉱石は、金にしろ鉄や鋼、
 原石まで高値で取り扱われている物が多いし、軍の需要上必要な物が大半なのだ。
 その中のどれを、と思い巡らせたのがエドワードにも伝わったのか、エドワードは面白そうに笑って答えてくれる。
「大丈夫だって。何も鉄やら宝石の原石を出せって言ってんじゃない。
 俺が欲しいのは、採掘した後に放置されている岩石磁気。
 更に言えば全く採集されてない反磁性のビーマスだ」
「反磁性の・・・―――」
 エドワードからの意外な提案に知識を探り、何とか思い当たりに辿り着いたロイは、
 なるほどと頷きながらエドワードを見つめる。
「そう云うこと。判ってくれたようで何よりだぜ。これが大量生産されるなら、原材料が高騰することになるだろ? 
 けど民間で大掛かりな採掘をするのは金が掛かりすぎるし、適してる鉱山は軍が保有しちまってるからな。
 どうしようかと俺も思ってたところだったんだ」
 良かった良かったと笑うエドワードに、ロイは肩の力が抜ける。
「それを先に言ってくれてれば・・・」
 妙にエドワードに気兼ねする事無く交渉できたのにと、懊悩が深かった分少々悔しい。
「ん―――、まぁ別にそれが無くても、ちゃんとOKしたぜ?」
 その言葉にロイは思わず顔を上げる。
「まぁ、なんだ。・・・あんたには随分、助けて貰ってきたから、さ・・・。
 少しでも返せるものは返しておきたいし・・・――。

 利子分だ、利子分! ほら、あんたには金借りてるから、その利子だ」
 照れたようにそう言い放つと、エドワードは誤魔化すようにビールを飲み干すと、大きな声でスタッフにロイの分も一緒に追加する。
 残ってるビールを飲んじまえよと言ってくるエドワードに、ロイは苦笑して杯を空けると、
 新しく来たジョッキを掲げて乾杯の所作をするエドワードに習ってジョッキを持ち上げる。
「んじゃ、交渉成立を祝って!」
「ああ。520センズの大きな利子に感謝して・・・」

 ガチンと煩い音が二人の合わさったジョッキから響く。
 洒落た店でも無いし、高価なグラスが奏でる音にも程遠いが。
 それでも、ロイが重ねてきた杯の中で、今日程自分を酔わせる音は聞いたことが無かった・・・。
 先ほどまで飲んでいたものとは格段味が違うビールを飲みながら、
 美味い酒だとしみじみ感じたのだった。
 


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